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第6話 / 全11話 · 1,239字 · 約3分
# 第5章 雨と相合傘
## 1
放課後。文芸部の用事が終わった林を待って、二人で帰るのが最近の習慣になっていた。
「今日、部活ないの?」
「うん。休み。せっかくだし、一緒に帰ろ?」
もちろん、断る理由などない。
校門を出たところで、ぽつり、と雨粒が落ちてきた。
「あ」
「降ってきたね」
颯太がカバンを探る。折りたたみ傘があった。一本だけ。
「よかったら……」
「いいの?」
「うん。入ろう」
傘を広げる。林が颯太の隣に立つ。二人分の距離は、少し狭かった。
## 2
雨音が、傘の上で小さなリズムを刻んでいる。
肩が触れるたび、颯太の心臓が跳ねる。林の体温が、雨の冷たさを忘れさせた。
「ごめんね、濡れてない?」
「大丈夫。ちょっと狭いけど」
「……ごめん」
「謝らないで。むしろ、嬉しいから」
その言葉に、颯太の歩みが止まる。
「……桜」
名前を呼んだ。初めて、下の名前で呼んだ。
林が顔を上げる。傘の下、至近距離で目が合う。
「俺、好きだよ」
雨音だけが、聞こえていた。
## 3
長い沈黙のあと、林が口を開いた。
「……やっと言ってくれた」
その声が、震えていた。
「私も。ずっと、好きだった」
彼女の目から、涙がこぼれたのかどうか。雨のせいでよくわからなかった。
でも——。
次の瞬間、林の手が颯太の制服の裾を掴んでいた。
「……ずるい」
「え?」
「私が言おうと思ってたのに。先に取られた」
「……そう?」
「うん。ずっと勇気が出なくて。でも加藤くんが——颯太が言ってくれて、よかった」
名字から名前へ。その変化が、やけに甘く響いた。
傘の外では、雨がまだ降り続いている。傘の中だけ、世界が止まっていた。
「帰ろっか」
颯太が言う。林がうなずく、その顔が、雨粒に濡れてきらめいていた。
「うん。一緒に帰ろ」
二人分の足音が、雨の街に溶けていった。
## 4
林の家の前。
「ここだよ」
マンションのエントランスの前で、林が足を止める。
「ありがとう。送ってくれて」
「うん。風邪ひくなよ」
「颯太も」
二人の間に、短い沈黙が落ちる。
「……じゃあ」
「……うん」
どちらも、離れられない。
「ねえ」
林が口を開く。
「明日も、一緒に帰れる?」
「……当然だろ」
その答えに、林がぱっと笑った。
「じゃあね」
「ああ」
林がエントランスに入る。振り返って、もう一度手を振る。
颯太も手を振り返す。
雨はもう、上がりかけていた。
空の彼方に、淡い虹がかかっていた。