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第4話 / 全11話 · 1,857字 · 約4分
# 第3章 ひまわりと弁当
## 1
「加藤くんって、いつも一人で弁当食べてるよね」
金曜日の昼休み。林が弁当箱を抱えて、颯太の机の前に立っていた。
「え? ああ……うん」
亮太はテニス部の仲間と食べに行ってしまうし、他のやつらはそれぞれグループがある。颯太はどちらかと言うと、一人でいる方が楽だった。だから、昼休みはいつも自分の席で、スマホを見ながら弁当を食べている。
「よかったら、一緒に食べない?」
あまりにも自然な口調だった。
「え?」
「あ、やっぱり予定ある? ごめん、急に」
「いや、予定はないけど……」
「じゃあ決まり! ちょっと待ってて!」
林は自分の机から弁当を持ってきて、颯太の隣の席——本当に隣——に腰掛けた。
「はい、どうぞ」
そう言って、差し出されたのは箸だった。
「あ、ありがとう……」
「今日ね、卵焼き頑張ったんだ。味見してくれる?」
「え? いや、でも……俺の箸使うし」
「そんなの気にしないよ。はい、あーん」
「あーん!?」
林が箸で卵焼きをつまんで、颯太の口元に持っていく。その距離、十センチもない。彼女の指が、唇に触れそうなほど近い。
「早く早く、冷めちゃう」
周りの目が痛い。女子数人がこちらを見て、ひそひそ話しながら笑っている。
だがそれ以上に、林の真剣な眼差しが、颯太の理性を焼き切った。
「……いただきます」
観念して口を開ける。卵焼きが滑り込んでくる。甘い。出汁が効いていて、ふわふわだ。
「……美味い」
「本当? やった!」
林がぱっと笑顔になる。その笑顔を見た瞬間、美味しさが十倍になった。
「加藤くんの弁当も見せて?」
「いや、俺のは適当だし……」
「いいからいいから!」
無理やり弁当箱を覗き込まれる。冷凍食品の唐揚げと、昨日の夕飯の残りのウインナーと、白米に梅干し。見せられるものじゃない。
「わあ、唐揚げ美味しそう!」
「冷食だよ」
「それでも美味しそう! 一個ちょうだい」
「……どうぞ」
颯太が唐揚げを差し出すと、林は「やったー」と言って、自分の弁当箱に受け取った。
「お返しに、これ」
林が自分の弁当から、何かを取る。
「これ、私が作ったやつ」
それは、ハート型のにんじんの抜き型が入った、ミートボールだった。
「わざわざ型抜きしたの?」
「うん。お弁当、可愛くないとテンション上がらないでしょ?」
ハートのにんじん。林が作った、ハート型のにんじん。
颯太はそれを、噛みしめるように食べた。味がどうとか、もうどうでもよかった。甘かった。とにかく甘かった。
## 2
それから毎日、林と弁当を食べるようになった。
最初は「今日も食べよう」から始まって、いつの間にか「一緒に食べるのが当たり前」になっていた。
互いの弁当を交換し合う。卵焼きと唐揚げのトレード。たまに林が作ってくるキャラ弁を見て驚く。林が颯太の冷食を「それ美味しそう!」と奪っていく。
隣の席で笑い合う。肩が触れる。温かい。
そんな日常が、一週間続いた。
金曜日。席について弁当を広げようとしたとき、林が言った。
「ねえ、加藤くん。明日、暇?」
「明日? 土曜だけど……」
「うん。一緒に、出かけない?」
弁当を挟んだ手が止まる。
「……どこに?」
「んー、決めてない。適当にぶらぶらしようよ。渋谷とか?」
一緒に出かける。土曜日に。渋谷で。
それはつまり——。
「デート?」
思わず口に出ていた。
林が一瞬固まって、それからぽっと赤くなった。
「……そういうことに、なる、のかな」
声が、小さくなった。
「嫌、じゃないよ」
颯太の口から、自然に言葉が出ていた。
「行こう。一緒に」
林が顔を上げる。その目が、少し潤んでいる気がした。
「……うん」
窓の外から、春の風が吹き込んだ。
カーテンが揺れて、林の髪がふわりと舞う。それが、やけにスローモーションに見えた。
颯太の胸の中で、何かが弾けた。
それが、恋の名前だと、ようやく気づいた。