表示設定

文字サイズ
行間
フォント
背景
文字方向

“俺は”

494字 · 約1分
母さんは死んだ。
あの日母さんは酒を浴びる程飲んで、案の定泥酔し、いつも通り俺に拳を振るった。酔って歯止めが利かず、いつもより威力の強い拳が頭や鳩尾にも入った。
そしてそのままふらふらと家を出て行き、帰らぬ人となった。飛び降りらしいが、事故なのか、思いつきなのか、自死を企てた上でわざわざあの量の酒を飲んで出ていったのか、俺は知らない。
ただ、母さんが家を出る間際に残した言葉だけ、鮮明に脳裏に焼き付いている。不愉快なまでに声音、声色、声のトーンまではっきりくっきり耳に残っており、つい先程のことかのように再生される。
「もう、終わりにするから」。
その時の俺に意味はわからなかったが、背中をぞわりと悪寒が駆け抜けた。家を出た母さんの姿が見えなくなってから、俺も路地裏へと駆け込んだ。何かから逃げるように。
今思えば、結果として母さんは死んだのだから家に残り続けることが賢い判断だったのかもしれない。
ただ、大人から逃げるためか、自由を追ってか、生き延びるためにか、あの時の俺は人のいない路地へ行った。
それが間違いだったのか最善の選択だったのかは、今の俺にもわからない。
作品ページに戻る

この話への感想

まだ感想はありません。