7月
第4話 / 全4話 · 3,915字 · 約8分
上旬
夏も近づいたからか蒸し暑い日が続いた。
「暑っ...」
学校では古いエアコンが意味のない弱風を送ってくれる。
幸い窓際の席に座る安弥は窓を開け、風を感じることで暑さを忍んでいた。
勘違いから始まった一つの事件。
あのことがまだ安弥の中で重い何かとして居座っている。
安弥は何事もなかったかのように振る舞っていたかった。
しかし時たまあの時の世界線だと勘違いしてひどく後悔し泣き出すこともある。
「__であるからして作者の意図は勘違いにより犯罪を犯した人も等しくして正常な犯罪者と同じように罰せられるべき、となるわけで、____」
淡々と喋る国語の担当の先生の声が安弥の頭の中で反芻される。
(この世界でも私は勘違いをするのだろうか、あるいはそもそもこの世界が私の勘違いだったのか)
そんなことを考えながらふと視線を窓の外から教室側へとやった。
そこには誰もいなかった。
ついさっきまで授業をしていたはずなのに全ての人が忽然と姿を消した。
安弥の心臓がしきりに鳴り出した。
また夢の中に囚われたのか、それを今再び現実と勘違いするのか。
しかし幸いにも安弥は気づいた。
皆が移動教室で先に行っただけだと。
皆がいないのではない。自分が離れてるだけ。
いつしかそんなふうに思ったこともあったなと過去を振り返りながら安弥は移動した。
次の授業は音楽だった。
安弥の唯一と言っていいほどに好きな授業だった。
普段なら一番に教室を出て音楽室に移動するはずであった。
しかし今日は気づかずに教室に残っていた。
安弥はひどく不安に感じた。
無意識のうちの時間経過
これがいかに恐ろしいか、安弥は今わかった気がした。
「いつのまにか立っている時間が勘違いを引き起こす原因になるのね」
そう自分の中で再確認しながら安弥は次の授業を受けた。
中旬
「みなさん、良い夏休みを過ごしてください」
その言葉と共に中学生の夏休みは始まる。
もちろん安弥も終業式が終わった時からが夏休み派の人間...
というわけでもなかった。
そして家に帰ってすぐに課題をやって残りは自室でゲーム(主にFPSだったりマイクラだったり)三昧の日々を送る。
普段ならそうだった。
ただ、今年度の夏休みはなんと途中に学年で山奥の避暑地まで行って一週間合宿をするという行事があったのだ。
安弥は正直にいうと心底不愉快であった。
せっかく毎日海外のガチ勢とゲームで対戦できる、そんな滅多にないチャンスが訪れたというのに、たかが学校の合宿ごときでそのチャンスがなくなるのは、安弥にとって大変腹立たしく思えた。
そんな安弥の気持ちなどお構いなしに合宿の日が来た。
安弥は外出用のノートパソコンと無線マウスを持っていった。本当はいけないのだが...
合宿の部屋割りは予め決まっていた。
もちろん安弥は一緒の部屋になる人などいなかったため適当に部屋を選んだ。
そうしたら生憎にも陽キャ女子の部屋に当たってしまった。
彼女らは言うなれば行動力の塊だ。
学校の成績はそこまでだが行動力と発言力はそこそこ高い。思い立ったが吉、思いついたらやってみよう精神だ。
そんな彼女らが合宿でおとなしく部屋で遊んでるはずもなく、夜に部屋を抜け出して周りの森を探検するという計画を話していた。
安弥はそんなことにも目にくれず、ただただ持ってきたPCでやりこんでいるFPSゲームをしていた。
すると陽キャ女子グループの一人が話しかけてきた。
「ねぇあんたさっきから何してんの、こっちにきて一緒に話さない?」
同部屋でグループの内の一人、
宮嶋華燐(みやじま かりん)
だ。
安弥はちょうど試合が終わってスコア1位を取ったところで気分がよかったが故にその誘いが煩わしく思えた。
「悪いけど私はあなたたちが何考えてるかわからないけど、それに付き合う気はないから」
冷たく突き放すように言った。
勘違いによってまた最悪を起こしたくなかった。
「あ、そう」
反応は思ったよりも淡白だった。
「じゃあ安弥が部屋にパソコン持ってきてゲームしてること先生に言うね」
グループの一人である月島香織(つきしま かおり)が言った。
彼女はクラスの中心核となるような存在で教師陣からの信頼も厚く、彼女が意見すればすんなりそれが通るとまで言われている。
そんな彼女が『先生に言う』系の脅迫をしてきた。
これを前には安弥はなす術がなかった。
「・・・わかった。で、なんの話してるの」
安弥はグループに入って話について行くことにした。
話はこうだった。
2階にある自分たちの部屋から消灯時間後にベランダ伝いで緊急避難用のハシゴがある場所まで行き、そのハシゴを使うというものだった。
安弥は気乗りしなかった。
涼しいとはいえども夏の山の夜は肌寒い。
そんな場所に半袖で乗り込むのは気が引けた。
しかも夜に行う分遭難しやすい。
そんな危険を冒してまで彼女らに付き合おうとは思わなかった。
しかし、
「安弥もいくよ」
月島香織が自身の優位性を生かしてなのか、命令した。
安弥は断りたかった。
しかし断った後の未来を想像すると、ゲームに命をかけているような安弥にとっては恐ろしい出来事が起こる予感しかなかった。
それなら夜の山で危険を冒して生きて帰ってこれる奇跡に賭ける方が何倍もましだ。
安弥はそう思った。
安弥は山で迷っても生きて帰ってこれると勘違いしていた。
その勘違いに彼女が気づいた時はきっと___
下旬
「計画実行」
宮嶋華燐の声と共に安弥含む一同は部屋を抜け出した。
全くもって呆れるような行動だが、一名を除き、彼女らは気にしない。
その時その時の楽しい行動が将来に役立つとでも考えているようなくらいの行動力である。
無事ベランダ伝いで外へ出たものの夏の夜は寒い。
思いの外の肌寒さに一同は体を震わせ、互いに近寄ろうとする。
「さ、みんなで山に探検に行きましょ」
月島香織が言う。
そのリーダー格の発言にはおおよそが賛同するものだ。
寒さを我慢して、皆は山を目指すべく動き出した。
安弥は普段から家に篭りがちで、山なんてものには慣れていない。慣れようとすら思ってなかった。
おかげで見事にグループから逸れてしまった。
一人懐中電灯を照らしながら安弥はグループの姿を探す。
深い暗闇の中で見つかるわけもなく、鬱蒼と生い茂る木とその暗さが不気味な空気を作っているだけであった。
安弥はこの時、グループで予定していたコースからグループ全体がそれたのだと思っていた。
懐中電灯をつけながら暗闇の中を歩き回ると、もちろん虫がよってたかって襲ってくる。
光に連れられやってきた虫を追い払いながら、安弥は山の斜面を降りていく。幸い傾斜はそこそこ緩やかであったため、滑落の心配はそこまでしなくてもよかった。
安弥は安心し、直後ため息をつきながら
「なんでこうなっちゃうんかな、毎年この時間帯には世界トップレベルの方々がゲームをしていて私はその人たちと...」
などの独り言をぶつぶつ言っていた。
そこに一つの大きな影が見えた
安弥は足元を見ながらだったのでいきなり黒い影が足元に現れて大変驚愕した。
「熊か?自然動物か?襲われるか?死ぬか?」
このような思考が安弥の中を駆け巡った。
直後、安弥の能楽出した命令は
「突き落とせ」
だった。
いくら緩やかな坂とはいえ踏み外せばもちろん滑り落ちる。しかも緩やかなのはあと数メートルまででそのあとは急傾斜となっている。探検コース制作中に調べていた。
そのことを安弥はもちろん知っている。
なので突き落とし、崖下に転落させることで自らの身を守ることができたのだ。
安弥は急傾斜の手前くらいのところから見下ろした。
自分がさっき突き落としたのはなんだったのか、それを確かめるため。
まずわかったのは細いことだ。
急傾斜のためかなり下の方に行っており、目視だとそこまで情報がわからない。
おおよその大きさと太さぐらいしかわからない。が、それだけでも熊ではないことがわかった。
一安心だ。
安弥はきっと鹿などの動物だろうと思った。少し歩いて周りを見渡すと木々の隙間から泊まる宿が見えた。
安弥は安堵感に包まれ、先ほどの恐怖や焦りなどが全て消えた。
その後部屋に戻った安弥は驚いた
皆戻ってきていた。
しかし、皆神妙な面持ちをしていた。
そこで安弥も気づく。
宮嶋華燐がいない。
安弥は何かが体を這うような感覚を覚えた。
遭難したのか、もしそうであれば今後は合宿が地獄のような空気と化す。
それは絶対に避けるべきだと安弥は瞬時に思った。
「今から探しに行かない?」
咄嗟に皆に対して言った言葉がこれだ。
「ただいま」でも「どうしたの」でもなく
「今から探しに行かない?」
だ。
我ながらなんでそんなことを言ったのだろうかと安弥は後悔した。
しかし地獄の空気を作りたくない。
その気持ちだけが先行したのだろう。
「宮嶋は私たちのダチ。探しに行くしかない」
月島香織が言った。
こういう時にだけそのリーダー格の威厳を発揮してほしいものだ。
再び山に入った。